掲載日:2021年06月23日  更新:2021年10月07日

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NEXT AWARD トレーナー・インストラクター オブ・ザ・イヤー 2012

フィットネス業界の発展に貢献する活動を表彰する、『トレーナー・インストラクター・オブ・ザ・イヤー』。
全国から寄せられた応募資料の中から、2012年の活動と実績が厳正に審査され、受賞者が決定!各受賞者のプロフィールと活動内容を一挙に紹介する。

どんな立場であろうと、人生を美しくするお手伝いをする

『Life is beautiful』は、日野原さんの活動の軸になっている言葉である。

「僕は、自分に関わった人が、ほんの少しでも笑顔になって、輝やいて、人生を美しくしてもらえればと思っています。役者であろうとトレーナーであろうと、この思いは一緒です。役者はそのために稽古を積み重ねます。トレーナーもそのための知識、技術を蓄積します.
お金を払って時間を割いて来てくださるお客様に、僕ができることを最大限にやる必要がある。それには、本当に努力と心だと思っています」

日野原さんは、今でも体を鍛える努力を怠らない。2011年には東京・北区のボディビルの大会で優勝。2012年にはホノルルマラソンにも挑戦した。

「すごいですね」と言うと、こんな面白い話をしてくれた。

「着ぐるみってあるでしょう。ミッキーマウスやオオカミ。なんでもいいんだけど、その着ぐるみを被って演技をしますね。このとき、中に入っている人間がその着ぐるみを好きでないと、お客さんはその動きをちっとも喜んでくれないんですよ。オオカミの着ぐるみを被ったら、オオカミを好きになる。すると、動きがぜんぜん違うんです。驚かせる、笑わす。ひとつひとつの表現が豊かになる。
僕は、トレーナーになる前から、トレーニングが大好きでした。体を鍛えて被った筋肉という着ぐるみ。この大好きな着ぐるみを着て、どんどん表現が豊かになり、お客さんを喜ばせることが、すごく嬉しくなっていった」

はっとさせられる言葉である。『自分が被る着ぐるみを好きになる努力』こそ、人生を美しくする方法なのではないか。

つい先月、日野原さんは8年ぶりに役者業に復帰した。

「やっぱり舞台は僕の原点だなと感じました。今は3店舗のジムのオーナーですが、舞台では1役者。演出家の指示に従います。その指示は、僕が理想としている言葉どおりなんです。
お客さまに対するきめ細やかな気配り、そして演技者としての個性あるパフォーマンスもすべてお客さまを喜ばすため。改めて、初心に戻った気がします」

これからも二足のわらじを履き続けるという日野原さんの目は輝く。「とくにこれからはパーソナルトレーナーを応援するコンサルティングもやっていきたいと思っています。1人でも多くの人の『Life is beautiful』のお手伝いをしていきたいんです」

ひのはら・だいすけ1976年千葉県出身。株式会社image of life代表取締役。
ルネサンスでのパーソナルトレーナー活動を経て、2010年に浅草橋に『加圧スタジオLib』1号店をオープン。
11年には浅草に2号店、12年には浅草橋に女性限定サロン『PRINCESS SMILE』をオープンさせた。


受賞理由
今回受賞の大きなポイントは、作成したご自身の資料において、これまでやってきたこと、これからやりたいことが明確に書かれていたこと。そして活動内容に対する考え方がしっかりと伝わってきたことである。
トレーナーとして「情熱」や「技術、知識」、さらに「業界の貢献や企画やプレゼン力」といった要件がバランス良く高く評価された。

MUST ITEM!
スタッフの仲間達

写真
①北区のボディビル大会にて

②習い事の社交ダンスの発表会

日野原さんのこれまでの仕事人生グラフ

インストラクター部門 最優秀賞 日置智子さん

一人一人の笑顔を
思い浮かべてプログラムや
システムを作っていきました
―Hioki

今回の受賞を涙して喜んでくれた会員さんたち


滋賀県北東部に位置する長浜市。琵琶湖がすぐそばに控えたのんびりとした城下町に日置智子さんのスタジオ『サンセット』がある。今回の最優秀賞の受賞に際し、多忙ながら東京まで足を運んでくれた。会った瞬間、小柄で細く、どことなく女優さんのようなオーラがある。とはいえ、近づきがたいのではなく、話し出せばとても気さくな人柄なことがすぐにわかる。

「気になったら放っておけないんですよ」「何とかしたくなってしまって」。短いインタビュー時間の中で、何度も口にした言葉である。生まれ持った性格なのか、職業がそうしたのか。つねに真摯に相手を想う気持ちの発言に、素朴に、どうしてだろう、と思った。

今回、最優秀賞の受賞を、『サンセット』の会員さんに報告したそうだ。すると、まるで自分のことのようにみんなが喜んでくれ、中には涙を浮かべてくれた人もいたという。「本当にありがたいことです」と、そのことを思い出して、日置さんの瞳がうるむ。そこには20年以上の付き合いの会員さまもいたというから、まるで親戚のような付き合いなのだろう。和やかなスタジオの光景が目にが浮かぶ。ふと、これまでの日置さんの人生の階段はどんなものだったのだろうか、と興味が湧いた。

子育てと資格の勉強死にもの狂いだった

日置さんのインストラクターとしての道のりとしては、『サンセット』の穏やかな雰囲気とは裏腹に、そう簡単なステップではなかったようだ。

滋賀県長浜市に生まれ育ち、中学時代からモダンバレエをはじめジャズダンス、エアロビクスなどを習い、大学時代はフィギュアスケートで国体にも出場。音楽を聴くと反射的に踊りだしたくなるような体と心はこの頃までに十分に培われていた。英語も大好きで京都産大英米語学科出身。地元に戻ってからは塾の講師をしていたという。そんなとき、ふと目にした新聞で、大阪でスタジオインストラクターの募集オーディションがあることを知る。

何かに突き動かされるように応募すると、あっけなく合格。しかし、すぐにインストラクターとして稼げるわけではなく、塾の講師をしながら、大阪に通って勉強をすることになった。さらに、そのスタジオもほどなく閉鎖するという事態に。ここで、日置さんはあきらめることなく、ほそぼそと長浜の公共体育館でエアロやジャズの指導を始める。そんなとき転機が訪れた。

生徒でもある友人から、スタジオをオープンする建物を紹介された。当時はまだこうした私営施設が少ない時代。モデルとなるスタジオもない中、日置さんは、使い勝手のよい空間をと、さまざまなデザインを提案して完成させた。それが現在のスタジオ『サンセット』である。紆余曲折はあるにせよ、ここまでは順風満帆のように見える。

しかしながら日置さんはプライベートでは、結婚、出産、子育てという人生の大転換期にもいた。

「とにかく仕事を続けなきゃという思いと、家事や育児に追われ、子供の勉強も見ていましたし、目の回るような日々でした。スタジオに来て下さる皆さんに更にきちんとした指導をしたいという思いから、資格取得も目指しました。いまほど認定制度や養成コースなどがなかった時代なので、ASCMやマタニティビクスやADDなど難関の認定を必死でとりました。昼は仕事、夜は育児、夜中から明け方は勉強時間。そんな身を削るような日々でしたね」

一緒にやりましょう だから一緒に笑える。

オープンして27年の『サンセット』には、エアロビクス、ダンス、ヨガといったコースに加え、産前・産後のケアを特化したクラスやお子様連れOKのクラスなど子育て支援のためのシステムが充実している。

「私が実際に経験したように、女性は、結婚や妊娠、出産、子育て等、めまぐるしくライフスタイルが変化します。また中高年の方は、更年期の変化があります。いつも友人や両親など周りの人々の姿を見てきて、困っているときは何とかしてあげたいと思っていました。そこで、このスタジオ空間を生かし、一緒に体を動かすことで、嫌なことを忘れ、寂しさやストレスを解消してあげられるかも、と常に思っていました。エクササイズで、子育てパワーをつけ、不快症状を緩和、また、中高年の方には、体力、気力ともに向上させ、更年期の症状の予防、解消につなげられる。そういうプログラムを1つひとつ実現していくことで、女性の人生にあったクラスやシステムができあがっていったのです。子育てで、イライラしていた人が、ニコニコした顔で帰っていく。また、膝を故障した年輩の会員さんが、『痛いのよ』っていいながら、足を引きずりながらまたレッスンに来てくれる。帰り際には、みなさんウソのように軽快な足取りで帰っていく。そんな姿をみて、これなんだ、って私自身が感動するんです。みんなで身体を動かすことの成果はこの笑顔にあるんだな、と。いつも家族や友人に伝えている、あきらめない気持ち“不可能はない精神”が会員さんにも伝わっている!と嬉しくなるんです」

体育館で活動していた時代から来てくれている会員さまや親子3代で通う人。その人たちの喜ぶ顔がとにかく嬉しいと言葉を重ねる日置さん。

自分が楽しいことを伝えていきたい

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