掲載日:2021年08月25日  更新:2021年10月07日

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NEXT AWARD トレーナー・インストラクター オブ・ザ・イヤー2020

フィットネス・トレーニング指導者の活動範囲を広げ、広く業界と社会に貢献する活動を称えるネクストアワード『トレーナー・インストラクター・オブ・ザ・イヤー』2020の受賞者が決定!
フィットネス・トレーニング分野で高い価値を生み出している各受賞者の活動内容を紹介する。

トレーナー部門 最優秀賞 中村豊さん ストレングス&コンディショニングコーチ

2020年に世界を襲った新型コロナウィルス感染をいち早く抑え込むことに成功したオーストラリアで2021年2月に開催された全豪オープンテニス。女子シングルスで見事な優勝を果たした大坂なおみ選手は、コロナ禍による環境変化を味方につけた一人。その躍進をサポートする「チームなおみ」に、2020年6月からストレングス&コンディショニングコーチ(以下トレーナー)としてジョインした中村豊さんが、2020年ネクストアワード「トレーナー部門最優秀賞」を受賞した。

大坂なおみ選手をサポートした「家族」

「私のチームに感謝します。本当にたくさんの時間を一緒に過ごしました。彼らは私にとって家族です。本当にありがとう。このトロフィーは、あなたたちのものです」

2021年2月、全豪オープンの優勝セレモニー。こう話しながら観客席に向かってトロフィーを掲げる大坂なおみ選手の視線の先で、拍手で応える「チームなおみ」。

このチームで、トレーナー(ストレングス&コンディショニングコーチ)として活動する中村豊さんは、新型コロナの感染が世界的に拡大を続けていた2020年6月に招聘され、9月には全米オープン優勝、そして2021年2月には全豪オープン優勝と、確かな結果へと導いた。中村さんは、大坂選手との出会いをこう振り返る。

「ナオミのことは、シャラポワとのツアー生活を送る中で、その存在の大きさを認識していました。2018年のBNPパリバオープンでは、シャラポワと対戦してナオミが勝ち、アスリートとしてのポテンシャルとカリスマ性に目を見張りました。2020年6月にナオミのマネージャーから連絡をもらった当時、私はIMGアカデミーでヘッドコーチ(ストレングス&コンディショニング)として2年目に入り、やりがいも感じていましたが、類を見ない可能性を持つ、日本国籍で戦う選手からのオファーに、
『人生一度きり』と心を決めました。私がトレーナーとして常に指針としているのは、『トレーナーが選手に歩み寄る』こと。すぐに私が拠点を置くフロリダからナオミがいるカリフォルニアに居を移して、まず最初にしたのは話をすることです。1対1で、『どういう経緯で今があるか、トレーニングをどう進めていきたいか、選手としてどうなりたいか』と、ナオミの気持ちを中心に話をしたところ、『グランドスラムで、もっと勝ちたい』と直球の言葉が返ってきました。その大きなピクチャーに向けて一緒に頑張りたいという気持ちが、ナオミ自身の言葉で聞けて、ナオミが選手として何を求めているのか、私がトレーナーとして何が求められているのかが明確になりました」

中村さんは、「チームなおみ」のコーチや専門家たちとも密にコミュニケーションをとった。大坂選手は20歳にして2018年の全米オープン、全豪オープンとグランドスラムで2冠を達成した後、スランプ気味にあることは聞いていた。それがどの程度のものなのか、大坂選手の成功、失敗、葛藤をはじめとしたすべての経験に理解を深めながら、それを活かしてカスタマイズしたトレーニングプランとツアー計画を組み立てていった。

中村さんがトレーナーとしてまず着目したのが、「コート上での動き」である。大坂選手は、ハードコートを得意とする選手で、パワーが武器であることは認識していたが、実際のフィジカル面のキャパシティを確認すべく、筋力、持久力、敏捷性、柔軟性と、多面的に「どこまで負荷がかけられるのか」と、ハードなトレーニングを課していく。フィジカルの幅を広げることで、フットワークの精度が高まり、軸を安定させて動けることで、本来持つパワーを最大限活かすことができる。その身体能力を開花させるために、どこを刺激するのが効果的かを見極めながらのトレーニングが続けられた。コロナの感染拡大が長期化し、大会中止が続いたことで、トレーニングの時間が確保でき、追い込むこともできた。中村さんにとっても、大坂選手の理解を深めるとともに、「チームなおみ」の絆が深められる期間となった。

そうして迎えた2020年9月の全米オープン。無観客で行われた大会は、他の選手たちとも試合直前まで接点がない、閉ざされた環境での戦い。大坂選手にとって「チームなおみ」は、いつもそばにいてくれる、安心できる家族のような存在になっていった。トップ選手ほど、大きな大会に臨む際には、決まったルーティンやゲン担ぎがあるが、コロナ禍により、それが実行できないだけでなく、再三にわたる計画の再調整が迫られた。その中で優勝を勝ち取れたことは、大坂選手にとって自分への自信と、「チームなおみ」への信頼を深めることに繋がったはずだ。

全豪オープンでは、さらなる環境変化に迫られた。本来12月中旬にはオーストラリアに入国する予定が、コロナ禍の影響で1ヶ月延びることになる。さらに、大坂選手が通常は出場しない1週間前の前哨戦に出場することになったり、大会期間中に5日間のロックダウンがあるなど、これまで体験したことのないことばかりが続く。

中村さんはコロナ禍での大会を通じて、よかったこともあったと話す。

「結果的に、オフシーズン、プレシーズンとして2ヶ月半の期間がとれたことは、よかったことです。テニス選手は年間のツアー期間が10ヶ月続き、例年は、オフシーズンは多くて6〜8週間。選手にとっても一人の時間が増えたことで、自分を見つめなおす機会になったと思います。ナオミの場合は、この間に自身のアイデンティティが確認できて、『自分が輝く場所はセンターコートであること』『そこで輝きたい』という気持ちを再確認できたことが、彼女を成長させ、強くさせたと感じます。全豪オープンの優勝インタビューでは、大会が開催されたこと、多くの人が試合を観に来てくれたことにも、感謝の気持ちを重ねていました」

フィジカルトレーナーとして大切にしていること

中村さんは、世界で最も熾烈な勝負が続く環境でトレーナーという仕事を全うし続けているが、トレーナーとして大切にしていることを尋ねると、何より「選手を良く知ること」を挙げる。

たとえば、シャラポワ選手と大坂選手では、攻撃的なプレイスタイルは共通するものの、性格も体格も大きく違う。シャラポワ選手は身長が188cmで手足が長く、大坂選手は身長180cmで、股関節が狭いという特徴がある。大坂選手の場合は、股関節の柔軟性を高めることや、アジリティトレーニングを丁寧に行うことで、より正確にボールが捉えられるポジションに入れるようになった。また、中村さんが長くトレーナーとして活動してきたIMGアカデミーでは、世界から、様々な競技のトップアスリートたちが集まっている。人種も体格も性格も競技特性も違う選手たちをサポートするうえで、まず「選手を良く知る」ことは欠かせない。

もう一つ、中村さんが大事にしていることが、「選手と交わす言葉」である。指導者として、選手とどのように接点を持つか。どのように言えば選手に伝わるかを常に考えているという。トレーニングでは、例えば大坂選手にランジ系のシンプルな動きを繰り返すトレーニングをするときにも、「ドロップショットを返すときに、ギリギリで手を伸ばせるように、下半身を安定させるために」と具体的に丁寧に、その目的を伝えるという。また、トレーニング以外の、選手がプライベートで興味を持っていることについても情報収集し、ユーチューブなども良く見るという。また、ジュニアの選手への指導では、きちんとした言葉遣いで接する。選手が興味を持っているものに興味を持つことで、中村さん自身の視野を広げながら、指導者として選手たちの人間性も高められるよう、接点の持ち方に気を配っているという。

トレーナーとしての専門性については、長くトレーナーとしての経験を積んできたIMGアカデミーがラボ(研究所)的な存在となっている。また、遠征に行ったときなどには、トップ選手やトレーナーはじめ周りを良く見るとともに、ネットワークを広げて自分の引き出しを増やしている。中村さん自身も、トレーニング好きで「自分のトレーニングもラボ(研究)のようなもの」という。プライベートな時間があれば、遊び心たっぷりに様々なトレーニングを
試しているという。

トレーナーとしての役割を果たす

中村さんにとって、「チームなおみ」での挑戦はこれからが本番と言えよう。日本人トレーナーとして、さらなる挑戦を続ける中村さんに、日本で挑戦を続けるトレーナーにエールをいただいた。

「ネット社会になり、トレーニングの最先端情報も、いくらでも収集できる時代です。メジャーリーグの春季キャンプも始まり、トップ選手たちが実際にどんなトレーニングやコンディショニングをしているのか見ることができて、努力する人にとってはいい環境になりました。あとは、アクションをとって、リアルな体験をすることです。球場に行ったり、練習場に行ったり、現場の空気感に触れること。また、できるだけ多くの方と接することも有効です。アスリートだけでなく一般の方も含め、人が多い環境ほど情報も多くあり、それぞれのトレーナーの考え方もアプローチも違う。そこでネットワークも自分の引き出しも増やすことができます。トレーナーは『仕事』ですから、自分が何を求められているのかを的確に把握して、求められる以上の付加価値を提供していきたいですね。そして最も大切にしたいのは『アスリートファースト』であること。選手を中心に考え、選手や関係者との接点を大切に。トレーナーとして、アスリート一人ひとりの輝きを開花させることで、スポーツの世界を動かしていきましょう」

中村豊さん Yutaka Nakamura(左から2人目)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱。米国(フロリダ州)を拠点に海外で幅広いネットワークを持つトレーナー。18歳でテニスプレイヤーになることを目指して渡米。サドルブルックアカデミーで松岡修造さんはじめ、世界のトップ選手と練習を積む。そこでフィジカルトレーナーのエッチェベリー氏と出会い、トレーナーを志すように。チャップマン大学でスポーツサイエンス・運動生理学を専攻し、学生トレーナーとして活動。同大学を卒業後、サドルブルックアカデミーのトレーニングコーチとして就任。その後、盛田正明テニスファンドのトレーナー、IMGアカデミーへ拠点を移す。錦織圭をはじめ、様々なスポーツのアスリートをサポート。2011年より7年間マリア・シャラポワ専属フィジカルトレーナーとして、2回のグランドスラム優勝に導く。2018年IMGヘッドコーチ(ストレングス&コンディショニング)、2020年より大坂なおみ専属フィジカルトレーナー。資格にNSCA-CSCS、EXOS-CPSなど。


MUST ITEM
トレーニングバック一式。多種多様なレジスタンスバンド、TRXなど引き出しの多いトレーニング内容を何処でも行えて提供出来る“、動くトレーニングジム”の根幹のアイテムです。

写真
①2021年全豪オープンの優勝セレモニー。トロフィーを掲げる大坂選手に拍手で応える。

②大会スケジュールの変更でプレシーズン期間が延長した分、フィジカルが存分に強化できた。

③コロナ禍にあっても「自分が輝ける場所」に向かう大坂選手とサポートする「チームなおみ」

④4回目のグランドスラム優勝が決まり、がっちり握手を交わす大坂選手と中村トレーナー

⑤シャラポワ選手と大坂選手は「性格も体格も大きく違う」。一人ひとりの選手を良く知ることがトレーナーとして結果を出す鍵。

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