掲載日:2021年10月07日  更新:2021年10月25日

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【スペシャル対談】トレーナーが受け継ぐ、東京2020レガシーとは(日米オリンピック委員会強化スタッフ TOKYO)

東京2020で、日本史上最多の金メダルを獲得した日本チーム。
五輪三連覇で、東京2020でも世界最多の金メダルを獲得したアメリカチーム。
それぞれの国のオリンピック委員会強化スタッフとして選手たちをサポートするお二人に対談いただき、東京2020を改めて振り返るとともに、新たなレガシーとして構築していくことについて、お話いただいた。
(特集対談協力:泉建史トレーナー・仲野広倫ドクター)

対談者

(左)アメリカオリンピック委員会強化スタッフ 帯同医師団ドクター 仲野広倫さん (右)日本オリンピック委員会強化スタッフ 日本代表トレーナー/フィジカル担当 泉建史さん

世界最先端の選手サポート体制

東京2020大会での代表選手サポートおつかれさまでした。最初に、本大会にどのように関わられたか、お訊かせいただけますでしょうか。
仲野さん

私は、米国オリンピック委員会(TEAM USA)のチームドクターとして参加しました。普段は、ニューヨークで、カイロプラクティックを経営し、アスリートを中心に筋肉骨格系の症状に対しての診療を行っています。縁あって、数年前からボランティアとして米国代表選手のサポートにかかわり、2013年に東京2020の開催が決まってからは、全力でこれに向けての努力をしてきました。
世界最強のチームとオリンピックに帯同することが自分のキャリアでも一つのゴールと考えたのです。日本人がアメリカチームに医師として帯同は恐しく長い道のりで、もうお腹いっぱいです(笑)

今回の東京五輪にチームUSAからは、アスリート数630名に対して、医師をはじめとするヘルスケアプロバイダーが合計120名ほど参加しました。それぞれの種目に帯同する医師、トレーナが大多数なので、私のようにオリンピック委員会に帯同した医師などは合計30人程度です。選手村では主にクリニックのサポートにあたりました。

私の得意分野は、手技による施術なので、各アスリートのケガや痛みのメカニズムと障害の状況を判断して、その選手の100%のパフォーマンスが発揮できる状態にすることです。
米国では整形外科のメディカルドクターのように診断を行い、手技による治療とトレーニングで、主に選手たちをサポートしています。我々も、レントゲンやMRI、超音波検査、血液検査などを使って診断を行い、手術や注射以外の方法で診療することが特徴です。
現場では解剖学的に障害の箇所や度合いを判断するとともに、競技特性などからケガのメカニズムを解明して、運動を含めて処方をつくります。米国チームは検査結果をもとに最も効果的に行える専門家が処方や運動療法を行う体制を敷いています。
ただ、今回はコロナ禍での選手たちの感染予防や、PCR検査サポートの仕事が6割くらいを占めていた印象です。

泉さん

まずはこの大会が開催できたことに深く御礼を申し上げます。2013年に開催が決定してから約2900日の約8年間、社会背景を含めた1年延期の中で支援いただき共に歩みをとっていただいた方々、各国で準備をいただいた皆様にも感謝しております。
現在、私は日本オリンピック委員会の強化スタッフ(医科学・コーチング)という立場で体操ニッポンの競技と一部他競技の「フィジカルコーディネーター」「フィジカル強化担当」としてサポートをしています。
また大会中は新競技スポーツのコンディションや、暑熱対策も競技連携で同時に支援しました。
その他にはスポーツ医科学分野でLTAD、FTEMを用いた「長期的なアスリート育成」、「女性アスリートの三主徴」コンディショニング構築や、「パフォーマンス測定」を記録してパリ五輪にむけたファシリテートも準備していました。

今回、日本は開催国ということもあり、選手村の他にも味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)や、リカバリーも完備した日本のサポートハウスなど、4つほどの拠点を行き来しました。科学者や医師、アスレティックトレーナー、理学療法士、トリートメント、栄養のスタッフをはじめ数多くの専門家の方々とともに、日本チームをサポートすることができました。
仲野さんもおっしゃるようにチームに関わる後方支援の方々との「連携」の大切さをこちらも実感しました。

オリンピックは一瞬で終わりますが、それまでの過程は1日1日果てしなく長いものと感じました。
選手によっては「準備運動」の方法からどのアプローチがよいかをミーティングした時もあります。ナショナルチームといっても、競技によっては個別の集合体になるケースもあり、地方へ足を運び所属のトレーナーやコーチと連携して一つひとつ構築すべきことを考えることもあります。
選手にとってのサポートスタッフは日本代表チームだけではありません。用具1つにしても選手に合うものが見つけられたときは大きな喜びにもなりました。「連携」というのはその範囲にも広がると考えています。

コロナ禍での夏の東京大会に 向けたコンディショニング

今回は、1年延期となったうえでのコロナ禍での五輪開催ということで、選手たちのコンディションづくりが大変だったと思います。どのように対応されましたか。
仲野さん

コンディションづくりは、各国苦労したと思います。
まずコロナ以前に、開催地の気候への対策が必要でした。日本の夏は高温多湿で、通常、選手たちが環境に順応するには、数週間の時間が必要です。
また、時差に順応するにも、同様に時間がかかります。
今回は、コロナにより、早めに入国して準備することができませんでした。
PCR検査も毎日行うことに加えて、ある選手は、朝8時から練習が組まれていたため、夜中の2時にPCR検査を受けに行って、少し寝て、8時から練習して、そのまま試合に臨むといったこともありました。

ただ、コロナ感染対策については、日本開催だったからこそ、安全な大会が実現できたという側面があると感じました。五輪会場のバブルの中は、対策が徹底されていて、現場にいる日本人スタッフの方々の意識の高さや、適格な行動に、本当に感心しました。改めて日本人のメンタリティを誇りに思い、感謝の念でいっぱいになりました。
 
米国では、環境適応のためのガイドラインが整備されていて、競技会場に合わせて、温度や湿度、標高や時差調整についても、最適な方法や指標がまとめられています。それをいかに実践するかは、手や、競技団体に任されている印象です。

泉さん

感染対策については、ホスト国側としてそのように言っていただき大変感謝します。
出された課題は我々も同じです。東京2020レガシーにするべく、様々な取り組みが進行していました。高温多湿の環境での体温や水分量のマネジメントはもとより、室内で行う競技の場合の、クーラーが効いた中での準備運動の効果についての検証・模擬も、担当するナショナル強化として初めて進めました。
サーモグラフィでチェックしたこれらの環境対策は、日本でのコンディショニング構築に活かすべく、今後、この知見が広く共有されていく予定です。

「リカバリー」も、今回日本チームが追求した領域です。睡眠や、起床から試合までの6
〜8時間が体温調節に与える影響のモニタリングや、交代浴を15℃と38℃の水温設定で行える設備を十分に配備しました。こうした知見も、今後一般生活者の方々の疲労回復策に活かされていくはずです。

この1年間は、「コンディショニング」管理としてトレーニング環境が確保しづらい時期もあり、「どこでもトレーニングする工夫」や「日常生活」を大切にすることも推進していきました。
 また、渡航(JOC Conditioning Guide Rio2016)、免疫コンディショニングガイド(HPSC)、トレーニング再開に関するガイドライン(NSCA)も非常に参考になったといえます。

この1年の、慢性的なケガへの対応や、急遽の対応についても今後評価していく必要がありますよね。仲野さんはケガの痛みなどの主観的な評価スケールはどのように考えていますか?

仲野さん

トップアスリートの世界でのケガの概念もありますが、「痛み」は、精神状態や疲労度合い、痛み止めを飲んでいるかなどで、閾値が変わりやすい。これだけ医科学が進んでいる中で、痛みの測定指標が10段階のペインスケールしかないことに課題を感じます(苦笑)。
ペインスケールを参考にしながらも、実際は、ケガの度合いを各種の検査で客観的に評価するとともに、ケガのメカニズムに着目して治療や処方をしています。

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