2020に向けてトレーナーができること

guest▼ 岩崎由純さん
2020年東京大会まであと少し。スポーツへの関心が高まる中、トレーナーとしての活躍の場も広がっている。
日本のトップトレーナーからリレー形式で提言いただく。今回は、日本で初めてトレーナーをフルタイムの仕事とし日本のトレーナー市場を開拓してきた岩崎由純さんからの提言。

NATA国際貢献賞を受賞


2018年 6 月 28 日、ニューオリ ンズで開催されたNATAコンベン ション。岩崎由純さんは8 ,000人 以上もの世界のトレーナーを前にし たステージ上で、「インターナショナ ルサービスアワード(国際貢献賞)」 と書かれた輝く楯を手にスポットラ イトを浴びていた。
  NATAは、国際的なアスレティ ックトレーナーの教育機関で、こ のコンベンションも 69 回目を数える。 岩崎さんは、このコンベンションに過去 36 年間にわたり 1 回たりとも休 まず参加し、世界でもリーダー的存 在の一人となっている。
  岩崎さんの受賞理由は、NATA 会員としての長年にわたる真摯な学 びと、1980年代にデンバーにあ るアメリカオリンピックセンターで の貢献、今年スーパーボウルで優勝 したフィラデルフィアイーグルスの サマーキャンプ帯同実績、日本で初 めてフルタイムでのトレーナーの仕 事に就き、日本人のNATA資格者 組織であるJATOの立ち上げから、 JATO会員数が300人に成長す るまでを牽引してきたことなどが評価された。
  岩崎さんは、この受賞について「連 続でNATAコンベンションに参加 してきたのは、継続教育単位をとる 方法がこれしかなかった」「フィラデ ルフィアイーグルスは 85 年もの歴史 があるチームなのに、スーパーボウ ルでの優勝は初めてで、たまたま全 米の話題になった」と謙遜して話す。 それでもNATA公式ページや会報 誌で紹介されている記事には、岩崎 さんの名前に「HAPPY」という ミドルネームがつけられ、その人間 性とトレーナー業界への多大な影響 力が称えられている。

今回の受賞にあたっては、 NATA権威の一人、ドナルド・ロ ウさんの存在も大きいという。岩崎 さんを受賞候補として推薦したロウ さんは、岩崎さんがトレーナーの資 格取得のために通ったニューヨーク シラキューズ大学の当時ヘッドトレ ーナーで、岩崎さんを大学院助手ト レーナーとして抜擢してくれた人物。 その後、岩崎さんはアメリカオリン ピックセンターでの仕事に就き、そ のことが日本でのトレーナーキャリ アに繋がっていく。オリンピックセ ンターでの仕事として、米国女子バ レーボール代表チームに帯同したとき、選手の中に、フローラ・ハイマ ン選手と、ローズ・メジャース選手 がいた。 2 人はその後日本の実業団 チームで活躍することになるが、来 日して 4 年目、ハイマン選手が日本 リーグ中に意識を失い死亡してしま うというショッキングな出来事が起 こる。その直後に日本リーグのトッ プチームの一つNECがフルタイム のトレーナーを雇うことを決め、ハ イマン選手やメジャース選手も良く 知るトレーナーとして岩崎さんが招 かれたという経緯がある。
指導者と選手たちの 意識改革


日本のトレーナー市場をゼロから 立ち上げた岩崎さんに、近年の日本代表選手の活躍の背景について訊く と、1988年のソウル五輪あたり に、日本の指導者と選手たちに意識 の変革があったと振り返る。
「ソウル五輪の前までは、『根性、努 力、忍耐』を美徳として努力した代 表選手たちがコンスタントに 10 個以 上の金メダルをとっていたんです。 ところが、ソウル五輪で金メダルが
4 個に減り、続くバルセロナ、アト ランタでは 3 個と低迷しました。こ の頃は、選手やコーチたちが、鍛錬 だけでは限界があると感じて、もっ と選手たちの『ワクワク、ドキドキ、 楽しい』を重視しようとしていまし た。ところがこんどは鍛錬が軽視さ れることになり、強くなれない。そ うして、『鍛錬の土台のうえで、ワク ワク、ドキドキを愉しむ』という両方の必要性に選手もコーチも気づき、 レベルがぐんと上がりました。その 象徴が、2004年アテネオリンピ ックでの北島康介選手の『チョー気 持ちいい!』という言葉。指導者の モラルが上がり、科学的に効果的に 選手たちを限界に追い込み、選手た ちが真摯に頑張ることで結果が出る ことを愉しめる。その好循環が生ま れたことが近年の選手たちの活躍に つながっています」
自動翻訳の進化は 日本人にもチャンス広がる


世界的にスポーツ医科学が進化し ていることに加えて、ICTの進化 で自動翻訳機の性能が高まっている ことも、日本の競技力向上を後押し しているという。岩崎さんがトレー ナーを目指した時代は、ケアやトレ ーニングの知識を得るにも、経験を 積んで指導力をつけるにも、英語力 が必要とされた。日本人トレーナー の先駆者たちは、米国で学び、日本 で後進を育てるうえで、また、選手 たちを最先端の知見をもとにサポー トし続けるうえでも、翻訳や通訳者 として頼りにされることも多かった。
  だが最近では世界のどこかで新し い調査や研究が発表されれば、イン ターネットを通じて、どこでも誰で もその情報が手に入るようになっ た。さらに自動翻訳機の性能が高ま ったことで、日本語での情報収集も 可能になっている。勤勉な日本人ト レーナーにとって、医科学の進歩と ICTの進化は、活躍の可能性を広げる大きなチャンスだと岩崎さんは 話す。
「以前スポーツ指導者やトレーナー が眼力で見抜いていた選手各個人の 才能や素質もデータで分析できるよ うになっています。たとえば体質も 以前は『筋骨型』『肥満型』『やせ型』 の 3 分類だったものが、今は 3 × 9 の 27 タイプに分けられ、生体反応の 傾向も事前に把握できます。また以 前は体力の指標が肺活量くらいでし たが、今はVo2maxや血中グリ コーゲンレベル、乳酸の分解速度な ども分析して指導に活かすことがで きるようになっています。ホルモン や脳の働きに至るまで、医科学的な 研究はどんどん進んでいます。日本 人は勤勉さを兼ね備えていますので、 こうした情報収集や情報共有におけ る環境変化は非常に有効に働くといえます」
インジュリーフリーで 選手たちを送り出すために


2020に向けて、岩崎さんがよ びかけるのは、トレーナー本来の 役割である、選手たちのケガ予防 をさらに追求すること。米国では 2015年に封切られた「コンカッ ション」という映画が話題になり、「脳 震盪」への対策に改めて注目が高ま っているという。2020東京大会 への対策では「熱中症」が注目され ているが、さらなる理解と対策が必 要だと岩崎さんは警鐘を鳴らす。日 本の高温多湿の環境は、世界的に見 れば、運動を中止すべきレベルの環境。さらに日本の運動施設は、危機 管理上の設備が不十分なところも多 く、本番はもとより、練習中の熱中 症予防についても、課題が多く残さ れている。
  岩崎さんはさらに、ケガ予防につ いてもロジカルに予防策を講じてい くことをよびかける。スポーツは競 技特性から 4 種類(①コリジョンス ポーツ、②コンタクトスポーツ、③ ノンコンタクトスポーツ、④ネット スポーツ)に分けられ、それぞれに 特有なケガや故障の可能性がある。 さらに、同じスポーツでもサーフェ スが数種類あれば、その違いへの対 策も必要だ。例えばテニスでは、ハ ードコート、クレーコート、グラス コート、砂入り人工芝コート、イン ドアコートなどがあり、サーフェス によってケガに繋がる要因は異なる。 試合の環境を分析することで、より 有効な対策がとれることになる。
  そして、岩崎さんはさらに一歩進 んだケガ予防も推進している。「ペッ プトーク」の啓発だ。「ペップトーク」 とは、スポーツの試合前に監督やコ ーチが選手を励ますために行う短い 激励のスピーチのこと。日本ではス ポーツ指導者のモラルが上がったと はいえ、未だにパワハラやセクハラ、 モラハラなどの問題が指摘されるケ ースも多く、指導者の言葉の暴力が、 選手たちにケガをさせてしまう可能 性が残っている現実もある。
  岩崎さんは、「インジュリーフリー (怪我がなくなる)」というトレーナ ーとしての役割、ビジョンに向けて、 今日も前進を続けている。