2020に向けてトレーナーができること

guest▼ 牧野講平さん
森永製菓株式会社トレーニングラボ ヘッド・パフォーマンススペシャリスト
浅田真央、高梨沙羅・太田雄貴・前田健太などトップアスリートのトレーナーとして支持されている。
日本のトップトレーナーからリレー形式で提言いただく。今回は、オリンピックメダリストの浅田真央選手や高梨沙羅選手をはじめとし、記憶に残るパフォーマンスを発揮する日本代表選手たちをサポートしてきている牧野講平さんからの提言。

10秒にかける1,460日間の挑戦


「オリンピックでの借りは、オリンピックでしか返せない」。
オリンピックメダリストの浅田真央選手や高梨沙羅選手をはじめとし、記憶に残るパフォーマンスを発揮する日本代表選手たちをサポートしてきている牧野講平さん。
 ソチオリンピックで金メダルを期待されていながら4位に終わった高梨沙羅選手は、その後精神的に大きなダメージを抱えながら。一人練習する事から復活劇は始まる。しばらくはコンディションが上がらない中で試合に臨んでいたという。平昌オリンピックまで、牧野さんは、高梨選手の気持ちや調子に寄り添い、技術の変化、環境の変化に合わせたトレーニングでサポートし続けてきた。
 選手にとって、パフォーマンスに関わる要因は、身体面、戦術面、技術面、心理面、環境面、用具面など多岐にわたるが、トレーナーとしては、特に身体面でのサポートが主な役割となる。それでも、高梨選手の場合、本番のパフォーマンスに心理面が大きく影響し、その心理面が技術面の完成度に大きく影響していると判断。牧野さんは、高梨選手が技術面の練習に納得できるまで取り組める環境づくりに注力しながらトレーニングプランを立てていった。
 スキージャンプの競技時間は10秒。勝負を決めるのはテイクオフの0.01秒。このポイントで、適切な角度で飛び出し、適切な空中姿勢で、いかに遠くまで飛び続けられるのか。世界で常に上位にランクインする選手たちは身長も高く、筋力もあるパワー系の選手がほとんど。それに対して、高梨選手は身長も152㎝と小柄で、パワーは到底勝負できない。それでも高梨選手が世界で勝てるのは、テイクオフで高く飛ぶのではなく、低い姿勢で風の抵抗を受けない角度で飛び出すことで、全体の飛行距離を伸ばす技術があるからだ。この技術は世界的に見ても特異的であり、この技術練習を支える身体機能向上のためのトレーニングもまた、特異的であることが求められた。
▶トレーナーとしてできること


 牧野さんと高梨選手との出会いは、7年前の高梨選手が14歳の頃。シンスプリントで思うように練習ができないと、飛び込みでウイダートレーニングラボに来たとき、ちょうど牧野さんがジムにいたことがきっかけだった。
 牧野さんは、「選手を育てるうえで大切にしているのは、身体はもちろん、人としていかに育てるか」と話し、特にジュニア選手には競技生活全体を考えた育成計画を立てるという。
 高梨選手が目指すのも、あと12年間競技選手を続けること。牧野さんは、アスリートに関するドイツやオランダのデータ等の文献から、体力をあまり早期につけるよりも、ピークを27歳に合わせると、最も長く世界トップレベルで戦えると判断。今後も限られたトレーニング時間の中で、コンディショニングとパフォーマンスアップ追求したトレーニングプランを練っていく。牧野さんはこう話す。
「『世界チャンピオンの育て方』というセオリーは存在せず、また様々な理論や学説も万能ではありません。その選手、その瞬間に合わせて、常に試行錯誤していくことの繰り返しです。世界の頂点に立つには、他の人と同じことをしていては勝てないですし、個人的に記録が伸びても他の人がもっと伸ばしていれば、頂点には立てません。選手がその時々にベストなコンディションで臨めるために、選手の動きをよく見て、環境をよく見て、文献を調べ、とことん考える。そして、その時々で後悔しないことを選ぶようにしています。最後は選手の頑張りですが、トレーナーとしても『勝つこと』に拘って選手のサポートに挑戦し続けることが重要だと思います」
 その視点からも、牧野さんがトレーナーとしてできることとして挙げるのは、まず選手たちの練習や試合など「現場」を見ること。そして、方法論に陥らず、「動きが良くなる」といった過程に留まらず、「勝つ」という結果にこだわって考え抜くこと。近年、ファンクショナルトレーニングやコンディショニングについて学べる機会も増え、アスリートの動作改善トレーニングを行うトレーナーが増えている。だが、ジムで動きが改善されても、結果に繋がらなければ意味がない。アスリートはもちろん、すべての人の、その瞬間に視点をあわせれば、常に既存の理論を超えた発想が必要になる。
 牧野さんがヘッドトレーナーを務める森永製菓トレーニングラボでも、研修中はあえて教育しないという。何時に来るか、何をするかについても教えず、トレーナーを目指す人が自ら考える環境を大切にしているという。今トレーナー一人ひとりが、自分の居る環境で、何ができるのか。自分で考える力が求められている。

 牧野さん自身は、さらに考える力をつけるべく、この10月から弘前大学医学部に入り、トップアスリートを被験者にした研究をスタート。トップアスリートのトレーニングはトレーナーの経験則や独自の発想で行われていくことも多く、競技相手に知られないようにと、トレーナー間での情報共有もなされず、知見が積み重なっていかない状況にある。こうしたトップアスリートのトレーニングを形式知化し共有していくことで、さらにトレーナーの想像力が刺激され、多くのアスリートに効果的なサポートが提供されることを目指している。