コンディショニングコーチとして、北海道東川町で健康なまちづくりを進める中島秀雪さん。
2021年7月から町に常駐しての取り組みにより、町じゅうにコンディショニングが浸透し、健康なまちづくりのモデルケースとして注目を集めている。
2022年にスポーツ庁から「第3期スポーツ基本計画」が発表され、スポーツを通じた健康なまちづくりに取り組む地方公共団体を、現在の15.6%から40%に増やす目標が示されている。その担い手として、トレーナーが注目され、今後のトレーナーの活躍の場を広げる取り組みとなっている。
「R-bodyする」が東川町の合言葉に
中島秀雪さんの東川町での取り組みは、2022年7月、2年目に入った。東川町に赴任してプロジェクトがスタートして以来、1年目はR-bodyを通じて「コンディショニング」を体験してもらい、それが何なのかを伝える日々。「東川町B&G海洋センター」を拠点にしたコンディショニング指導と、町の企業や家具工場、学校の授業や部活、美容室やカフェ、居酒屋をはじめ、さまざまな場所に出向いての指導を続けてきたことで、一気に東川町に「コンディショニング=カラダを整えること」が浸透していった。
それとともに「R-body」の言葉を耳にすることが確実に増えたと、中島さんもその手ごたえを感じている。
「東川町での活動が2年目に入り、印象的なのは、町民の方の会話に『R-body』や『コンディショニング』という言葉が自然に出てくることです。SNSでも、『クロスカントリーの前にR-bodyで整える』『旭岳の山頂でR-body』など、普段の活動を『R-body』とともに紹介してくださる投稿が増えました。また町民同士で『R-bodyで教わった運動したら肩こりがなくなった』『コンディショニングしてからスキーをするようになって調子が良い』と話していて、何となくでも『R-body』と『コンディショニング』という言葉が、『健康にいい』イメージで認識されていることが、何より嬉しいです」
株式会社R-bodyでは、「『R-bodyする』を日常に」を企業ビジョンに掲げており、中島さんも、普段から意図的に『R-bodyする』という言葉を使っている。「R-body」には「R(e) body、人のカラダを再生させること」とR-body創業者である鈴木岳さんの想いが込められている。
『コンディショニング』という言葉も同様で、町民の方にとって、当初はその意味がわからないため、コンディショニングを体験できる場を数多く作り、体験とともに言葉の浸透も図っていった。
「R-body」や「コンディショニング」の言葉をさまざまな場面・媒体で使用して、町民の目、耳に繰り返し届くように努めた。ある日から少年団向けのセッションの際に、コーチが子どもたちに「おーい、R-bodyするよー、集まってー」とグラウンドで声がかかり始めたという。こうして細部にまでこだわりを持って、言葉とコンセプトの認知を拡げてきている。
「体験」と「クチコミ」で広がるR-body
東川町にR-bodyのコンセプトが急速に浸透した要因として、中島さんは、「体験」と「クチコミ」を挙げる。
R-bodyは、2004年にコンディショニングジムとして東京・恵比寿にオープンし、その後、トレーナー育成のアカデミーや、トレーナー派遣、コンサルティングで、事業を成長させてきている。
そのR-body自体の強みが「体験」と「クチコミ」だと中島さんは説明する。「東京・大手町、千葉・柏の葉にあるR-bodyのフラッグシップ店も、会員の多くの方が、クチコミで入会されています。我々の強みは、トレーナーとして目の前のクライアント一人ひとりの目標達成のために、コンディショニング指導で結果を出すことです。東川町でも、同じです」
東川町に着任後、一人でも多くの方にR-body体験を届けるべく、2つの方法をとってきた。
一つは、町内の体育館や小学校など、施設を拠点にしたコンディショニング講座。もう一つが企業や少年団など、人が集まる場所に出向いて実施する講座である。毎月約100講座が町じゅうのさまざまな場所で提供されている。
施設を拠点にした講座は、あらかじめ1ヶ月のスケジュール表をつくり、チラシにまとめて広報誌とともに町内の全世帯に配布される。参加は予約制にすることで、意識的に日常に採り入れてもらえるようにするとともに、予約をしなくても、仕事の終わりに、ふらりと参加できる「コンディショニング体操」も実施。これらの講座設計について、中島さんはこう説明する。
「予約不要のクラスに参加した方が、効果を感じて、予約制の1時間のクラスに参加するようになり、次には、ジムエリアでの機器の使い方を学ぶ講座に参加し、最終的に自分でコンディショニングができるように、段階的に各講座の内容や月間スケジュールを設定しています。これにより東川町B&G海洋センターにあるジムエリアを利用する方も増え、以前は月間の利用者が、のべ150人でしたが、今では平均500人を超え、3.5倍に増えました。ジムエリアには、R-body大手町店や柏の葉店を参考に、KEISER(フィットネスアポロ社)、Power Plate(プロティア・ジャパン社)、各ツール(PerformBetter Japan社)やダンベル類(THINKフィットネス社)が設置されています。町民の方は1回100円(町外の方は300円)で利用できますので、利用・継続のしやすさが効果にも繋がっていると感じています」
また、町内のさまざまな場所へ出向いて提供する講座の中には、野球、サッカー、バスケ、チア、バレーボール、クロスカントリーなどの少年団への訪問がある。少年団での講座では、指導者や保護者にも一緒に参加してもらえるよう促すことで、講座がないときでも、指導者や保護者が子どもたちに教えたり、家庭でもできるようになることを企図している。ここでもコンディショニングに参加しやすく、継続しやすい仕組みをつくっている。
「R-body写真展」がクチコミを加速
2022年に実施した施策「R-body写真展」も、R-bodyのクチコミを拡げた。これは東川町が「写真の町」として知られることからヒントを得て、R-bodyから提案した取り組み。
「町で知っている人がR-bodyしている写真を見て、真似して身体を動かしてみたら調子が良くなって効果を感じたり、町の人同士が教え合ったりして、コンディショニングを知るきっかけになるのではと町へ相談したところ、“いいですね。是非やりましょう”と快諾いただきました」
東川町には、「写真の町課」があり、写真撮影する機材や環境が整っており、またカメラの扱いに慣れた職員が多く在籍しているという。その写真の町課の職員が、数日間帯同して町民の方々がコンディショニングする姿を撮影。役場の外壁に展示され、多くの町民の方や東川町を訪れる方が写真のエクササイズを真似する姿も見られた。
その写真には、知っている人がコンディショニングをする姿が写っており、体育館だけでなく、学校や、旭岳のふもと、カフェの前の芝生、家具工場の休憩スペース、居酒屋の座敷まで、馴染みのある場所が写っている。「自分にもできそう、やってみたい」と思う人も多くいたはずだ。
この取り組みは、町の取り組みの広報施策としても反響が大きく、他にも行われている町の取り組みを写真展にするなど、「写真の町」ならではの新たな広報施策になっている。
R-bodyで、すごい世界を見たい
東川町でR-bodyを体現する中島さんがトレーナーになることを目指したきっかけは、小学校のとき、野球でバッテリーを組んでいた友人がケガで野球ができなくなったことに遡ると話す。
その友人と思い描いていた甲子園出場の夢を叶えることに無心に取り組み、幸運にも強豪校に入学。チームメイトにも恵まれ、甲子園の土を友人に渡すことができたという。
将来のことを考えた時、湧いてきたのが「友人のようにケガや病気に悩む人を、助けられる人になりたい」という気持ちだったという。そしてトレーナーという仕事を知り、専門学校に進むことにした。そこでR-bodyの代表、鈴木岳.さんに出会うことになる。
「専門学校の先生と言えばジャージ姿で授業をする方が多いなか、鈴木は、当時の流行りだったのか、ジャストサイズのイタリアスーツに、尖った革靴。当時の私は自分のイメージにはない鈴木の雰囲気に『なんだ、この人は』と思いました。授業を通じてコミュニケーションを取るなかで鈴木の人間性に惹かれ、この人と一緒にいたら、すごい世界が見られそうな気がしたことを覚えています」
そして縁あって、中島さんが専門学校を卒業する年と、R-bodyの創業年が重なり、中島さんはR-bodyの初期メンバーの一人として、社会人生活をスタートさせた。
新卒での入社だったことから、先輩トレーナーのアシスタントからスタート。真摯に仕事に臨む中島さんは、めきめきと力をつけ、施設でのパーソナルトレーニングの指導から日本代表男子アイスホッケーチームなどのチーム指導、またセミナーやアカデミー事業の講師も務める傍ら、店舗責任者としてのマネジメント業や、本社の総務など、あらゆる業務で経験を積み、実績を出していった。
そんなある日、鈴木さんと今後のキャリアについて話す機会があったという。
R-bodyが大好きで、ひたすら目の前のことに取り組んできたことで、自身の成長があると感じていた中島さんは、「将来どうなりたい」「これから何をしたいか」を考えることが苦手な面もあった。さらなる成長や、その後のキャリア形成について、鈴木さんから沢山のアドバイスを受けるなかで、心境にも変化が出てきたという。それまで「離れる」ということにネガティブな印象があった中島さんにとって「R-bodyから外に出ること」のイメージが変わり、気持ちが動き始めたという。
そしてコロナ禍に入り、リモートワークが生活の一部になってくる環境の影響もあり、東川町のプロジェクト担当者として中島さんに白羽の矢が立てられたときには、すでに気持ちの準備はできていた。すぐにチームを編成して北海道へ。R-bodyを東川町に再現させるチャレンジに臨んだ。
東川町の取り組みに全国から注目が集まり、2023年1月からは北海道奈井江町からも依頼を受け、健康な町づくりのサポートに月に数回訪問している。また、複数の自治体から問い合わせや東川町視察依頼も受けている。R-bodyの取り組みが、東川町から北海道、そして日本全国へと拡がり始めている。
新しい事業スキームも開発していく。奈井江町は、人口5,600人ほどの町で、R-bodyが依頼を受け、町民向けのコンディショニングセッションや町にあるジムエリアの機器選定などのサポートを行ない、環境を整備している。今後はR-bodyACADEMYのカリキュラムを受講したコンディショニングコーチが、地域おこし協力隊として奈井江町に所属して共に事業を推進していく。
日本全国にコンディショニングが文化として浸透していく町が増えていくようさらなるチャレンジが待っている。
「R-bodyでは、コンディショニングを通じて『人、街、国のライフパフォーマンスを押し上げる』をミッションに掲げています。自治体との取り組みにより、このミッションに近づくことができ、今後トレーナーの活躍の場も広がることが期待されます。ITテクノロジーやAIの進化により測定や分析が簡易にできたり、SNSなどのメディアでざまざまな情報を簡単に収集することができる時代になってきました。そういう時代だからこそ『この人の話がききたい』『この人にお願いしたい』と思ってもらえる人間性やコミュニケーション力が、より一層トレーナーに求められてくるとR-bodyでは考えています。東川町での挑戦で、その重要性を自分も実体験と共に理解することができ、自身も鍛錬しなければと改めて感じています。これからも『「R-bodyする」を日常に』というビジョンに向けて、人としての魅力を磨いていきたいです」